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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)7736号 判決 1997年6月26日

原告

吉川一英

被告

徳田正治

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金三一一七万一九三九円及びこれに対する平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交差点における直進車両と対向の右折車両との衝突事故により、直進車両を運転していた原告が下肢短縮の後遺障害を負つたなどと主張して、右折車両を運転していた被告徳田正治(以下「被告正治」という。)に対しては民法七〇九条、同車両の保有者である被告徳田輝繁(以下「被告輝繁」という。)に対しては自賠法三条に基づき、それぞれ損害賠償請求(ただし、内金請求)している事案である。

一  争いのない事実など(証拠摘示のない事実は争いのない事実である。)

1  交通事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成四年一〇月一日午後九時五二分ころ

(二) 場所 山口市大字下小鯖二八五 藤沢動物病院前交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 被告正治運転、被告輝繁保有の普通乗用自動車(山五七う九七一五。以下「被告車」という。)

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(山五七ゆ・一〇六。以下「原告車」という。)

(五) 事故態様 信号機により交通整理の行われている本件交差点を青信号に従つて北へ直進しようとした原告車が、北から西へ右折しようとした対向の被告車と衝突した。

2  責任原因

(一) 被告正治は、本件交差点を右折するにあたり、直進車の動向に注意しなかつた過失があるから、原告に対し民法七〇九条に基づく責任を負う。

(二) 被告輝繁は、被告車の保有者として、原告に対し自賠法三条に基づく責任を負う。

3  原告の傷害の内容及び治療経過など(甲二、四の1、五の1、六の1、八、弁論の全趣旨)

(一) 原告は、本件事故により、右大腿骨転子間骨折、右踵骨骨折、左足関節外果骨折、左恥骨骨折などの傷害を負い、次のとおり入・通院して治療を受けた。

(1) 入院関係(入院日数合計一三〇日)

〈1〉 平成四年一〇月一日から同月五日まで済生会山口病院入院

〈2〉 平成四年一〇月五日から平成五年二月一日まで日立病院入院

〈3〉 平成五年五月七日、八日同病院入院

〈4〉 平成六年三月一日から同月四日まで同病院入院

(2) 通院関係

〈1〉 平成五年二月二日から平成六年五月一六日まで日立病院通院(実通院日数一四〇日)

〈2〉 平成六年七月一四日から同年一一月二八日まで大阪船員保険病院通院(実通院日数一五日)

(二) 原告は、平成六年一一月二八日、大阪船員保険病院の医師によつて症状固定と診断された。

4  原告の後遺障害の内容、程度(甲二、一二、弁論の全趣旨)

(一) 原告は、本件事故により、次の後遺障害を負つた。

(1) 右大腿骨変形治癒を原因とする右大腿部痛及び右下肢短縮

(2) 右踵骨変形治癒による二次性の距踵関節症を原因とする右踵部痛

(3) 左足関節部痛及び右第四、五趾のカウザルギー(灼熱性の疼痛)

(4) 右下肢疼痛及び右下肢短縮を原因とする跛行

(5) 主として跛行を原因とする腰痛

(6) 右手母指の運動障害(なお、以下の数値は自動であり、他動もほぼ同じである。)

橈側外転 右・〇から三〇 左・〇から九〇

掌側外転 右・〇から三〇 左・〇から九〇

屈曲 右・〇から三〇 左・〇から六〇

伸展 右・〇 左・〇から一〇

(7) 右股関節の機能障害(なお、以下の数値は自動であり、他動もほぼ同じである。)

屈曲 右・〇から七〇 左・〇から九〇

伸展 右・〇から五 左・〇から一五

外転 右・〇から二〇 左・〇から四五

外旋 右・〇 左・〇から四五

内旋 右・〇 左・〇から四五

(8) 右足関節の機能障害(なお、以下の数値は自動であり、他動も同じである。)

背屈 右・〇 左・〇から二〇

底屈 右・〇から一五 左・〇から四五

(二) 原告の右後遺障害は、自動車保険料率算定会により、自賠法施行令二条別表の後遺障害別等級表(以下「等級表」という。)第一二級七号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)及び第一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当し、併合第一一級であると認定された(以下「本件事前認定」という。)。

5  損益相殺など

原告は、本件事故後、訴外朝日火災海上保険株式会社から、治療費として三二七万六二〇〇円、装具代として二万二一四七円、休業損害として八八四万五八四〇円の各支払を受け(合計一二一四万四一八七円)、また、訴外日産火災海上保険株式会社から、休業損害として八二万三八八五円の支払を受けた(合計一二九六万八〇七二円)。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告らの主張

本件交差点は見通しもよく、被告車は夜間で前照燈をつけ、さらに方向指示器により右折を合図していたのに、原告は衝突直前まで被告車の動静を確認していないのであるから、原告には前側方不注視及び安全確認義務違反の過失があり、また、原告には、制限速度違反の過失もあつたから、少なくとも二〇パーセント以上の過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告の主張

本件事故は、原告車が青信号に従つて本件交差点を北進中、交差点の中央付近に差し掛かつたところで、対向の被告車が右折合図を出すことなく突然右折してきたために生じたものであり、被告正治の一方的過失に基づくものである。また、原告に、被告らが主張するような過失は存在しない。

2  損害(特に後遺障害の内容、程度及び本件事故との因果関係の有無)

(一) 原告の主張

原告は、本件事故により右下肢を三センチメートル以上短縮し、これは、「一下肢を三センチメートル以上短縮したもの」として等級表の第一〇級八号に該当する。

仮に、原告に生来的な下肢短縮の障害が存在し、本件事故によつて三センチメートル以上の下肢短縮が生じたわけではないとしても、原告は、本件事故前、日常生活や労働に何ら支障がなかつたにもかかわらず、本件事故により、結果として三センチメートル以上の下肢短縮が生じたことで日常生活や労働に支障を来すようになつたのであるから、原告の右障害は、実質的に第一〇級八号に該当するというべきである。

したがつて、原告の後遺障害は、右下肢短縮と他の後遺障害を併合して第九級とするのが相当であつて、これに対応した労働能力喪失率が認められるべきであり、本件事前認定は、右下肢短縮の後遺障害を看過しており不当である。

(二) 被告らの主張

原告は、本件事故前から生来的な右下肢短縮の障害を有しており、本件事故によつて三センチメートル以上の下肢短縮が生じたわけではないから、原告の右下肢短縮の障害は等級表の第一〇級八号に該当しない。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  証拠(甲一三ないし一七、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

本件事故の現場は、中央分離帯のある片側二車線の南北道路(制限速度は時速六〇キロメートル)にそれよりも幅員の狭い東西道路が交差する見通しのよい信号機により交通整理の行われている交差点であり、その概況は別紙図面のとおりである。

原告は、原告車を運転し、南北道路の中央分離帯側の車線を北進中、本件交差点の対面信号の青色表示に従い、前照燈を下向きにしたまま本件交差点に進入したところ、本件交差点を右折しようと原告車の進路前方に突然進入してきた対向の被告車を認め、危険を感じてハンドルを左に切つたが、急ブレーキをかける間もなく、図面〈×〉地点において被告車と衝突した(図面〈ア〉が原告車、図面〈1〉が被告車)。

2  右認定事実によれば、本件事故は、被告正治が、対向の直進車両である原告車の動向に全く注意することなく、漫然と本件交差点を右折しようとしたために生じたものであることは明らかであり、原告は、特段の回避措置も講じることができなかつたものである。

被告らは、本件交差点は見通しもよく、被告車は夜間で前照燈をつけ、さらに方向指示器により右折を合図していたのに、原告は衝突直前まで被告車の動静を確認していないのであるから、原告には前側方不注視及び安全確認義務違反の過失がある旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

また、被告らは、原告には制限速度違反の過失もあつた旨主張し、本件事故の目撃者の警察官に対する供述調書(甲一七)には、原告車は時速約七〇から八〇キロメートルの速度で走行していた旨の記載があるが、目撃者が本件事故を目撃したのは夜間一瞬の間であつて、その正確性には疑問が残るといわざるを得ず、甲一六の記載、原告本人の供述に照らし、採用することができない。

そして、他に原告の過失を認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、本件においては過失相殺を行うことはできず、被告らの主張は採用できない。

二  争点2(損害)について(各項目下括弧内の金額は原告主張の損害額であり、計算額については円未満を切り捨てる。)

1  治療費(三二七万六二〇〇円) 三二七万六二〇〇円

当事者間に争いがない。

2  装具代(二万二一四七円) 二万二一四七円

当事者間に争いがない。

3  休業損害(一〇七八万四四一五円)九七四万〇八三三円

(一) 証拠(甲一八、二五ないし二七、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件事故当時、日本海事検定協会に勤務し、主として船舶の検査業務を担当していたこと、本件事故前一年の収入は七五八万三七五〇円であつたこと、本件事故により一定期間休業を余儀なくされ、平成四年は八三万一六五六円(七五八万三七五〇円―六七五万二〇九四円)、平成五年は五七二万〇一五〇円(七五八万三七五〇円―一八六万三六〇〇円)、平成六年は三五〇万六〇〇九円(七五八万三七五〇円―四〇七万七七四一円)の各減収が生じたことが認められる。

もつとも、前記争いのない事実などで摘示したとおり、原告は、平成六年一一月二八日、大阪船員保険病院の医師によつて症状固定と診断されており、本件ではそのころを症状固定日と認めるのが相当であるところ、右に認定した原告の平成六年の減収には右症状固定日後の減収が含まれており、これは後遺障害逸失利益として算定されるべきであるから、結局、平成六年の原告の休業損害は、平成六年一月一日から同年一一月二八日までの三三二日間について認めるのが相当である。

よつて、平成六年の原告の休業損害は、次のとおりとなる。

三五〇万六〇〇九円÷三六五×三三二=三一八万九〇二七円

(二) 以上によれば、本件事故から平成六年一一月二八日までの原告の休業損害は、九七四万〇八三三円となる。

なお、平成六年に原告が受領した四〇七万七七四一円のうち三三二日間を超える部分(三六万八六七二円)は、損益相殺などで考慮する。

四〇七万七七四一円÷三六五×三三=三六万八六七二円

4  傷害慰藉料(二五九万円) 一八五万円

前記争いのない事実などで摘示した原告の傷害の内容及び治療経過などに照らせば、傷害慰藉料は一八五万円を相当と認める。

なお、被告らは、原告は、本件事故後の平成五年九月三日に発生した交通事故により、同日から同年一〇月二〇日まで松野整形外科病院に通院治療したことなどを理由に原告の傷害慰藉料を減額すべき旨主張するが、証拠(甲六の3、原告本人)によれば、原告は、右期間中も本件事故による傷害の治療のため日立病院に通院していたことが認められるから、被告らの主張は採用できない。

5  後遺障害による逸失利益(三九九三万四一三二円) 二二八一万九五〇三円

(一) 原告が本件事故によつて負つた後遺障害の内容は、前記争いのない事実などで摘示したとおりであるところ、本件では、右後遺障害のうち右下肢短縮をめぐつて当事者間に争いがあるのでこの点について判断する。

前記争いのない事実など及び前記認定事実に証拠(甲二、一九、二一、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すれば、次の事実が認められる。

原告(昭和二五年五月二七日生)は、本件事故前、右下肢が左下肢よりも約二センチメートル短いという障害を有していたところ(甲二一によれば、原告の右下肢脛骨は、左下肢脛骨よりも二・一センチメートル短いことが認められ、原告は、本件事故により脛骨には傷害を負つていないのであるから、右短縮は、本件事故前から存在したものと認められる。)、特に右障害を意識したことはなく、日常生活や労働には全く支障がなかつたが、本件事故により、右大腿骨転子間骨折の傷害を負い、その後、右骨折が変形治癒したことにより右下肢大腿骨が短くなり、その結果、本件事故前から有していた右下肢短縮と併せて右下肢が左下肢よりも三センチメートル以上短縮するという後遺障害を負つたため(なお、計測の仕方によつてはミリメートル単位の誤差が生じることもありうるが、甲二及び一九によれば右下肢は左下肢よりも三・六センチメートル短縮したことが、甲二一によれば右下肢は左下肢よりも四・一センチメートル右下肢が左下肢よりも短縮したことがそれぞれ認められ、前記誤差を考慮したとしても、原告の右下肢が左下肢よりも三センチメートル以上短縮したことは明らかであるというべきである。)、右後遺障害を原因とする歩行困難などが生じ、日常生活や労働に支障が生じるようになつた。そして、原告は、本件事故当時の年収は七五八万三七五〇円であつたが、症状固定後である平成七年は六六二万七五三二円、平成八年は六八七万一六一九円となつた。

(二) 以上の事実によれば、原告は、本件事故後、生来的な下肢短縮の障害と併せて三センチメートル以上の右下肢短縮の後遺障害が残り、これが原因となつて労働能力を一部喪失したことは明らかであるところ、右に認定した右下肢短縮の程度、生来的な右下肢短縮の程度、前記争いのない事実などで摘示した右下肢短縮以外の後遺障害の内容、程度、原告の減収の程度などの事情を総合考慮し、原告は、本件事故により、その労働能力を二〇パーセント程度喪失したと認めるのが相当である。

なお、原告の右下肢短縮の後遺障害について等級表との関係で付言すると、右後遺障害は、生来的な障害(これは等級表の第一三級九号に相当する。)が加わつて生じたものであるが、等級表の第一〇級八号に該当することを妨げないというべきである(自賠法施行令二条二項参照)。そして、右下肢短縮以外の原告の後遺障害を併せ考慮すると、原告の後遺障害は併合第九級とすべきである。

(三) そして、証拠(甲二二、原告本人)によれば、原告の勤務する日本海事検定協会では六三歳が定年であるが、同協会では定年後も同協会の嘱託により稼働することが可能であるから、原告は、症状固定日である平成六年一一月二八日(原告は四四歳)から六七歳になるまでの約二三年間、少なくとも本件事故当時の年収である七五八万三七五〇円程度の収入を取得し続けた蓋然性が高いというべきである。

(四) したがつて、中間利息の控除につき、二三年に対応する新ホフマン係数を採用して原告の後遺障害逸失利益を算定すると次のとおりとなる。

七五八万三七五〇円×〇・二×一五・〇四五=二二八一万九五〇三円

6  後遺障害慰藉料(五五〇万円) 四〇〇万円

前記認定の原告の後遺障害の内容、程度、生来的な右下肢短縮の程度など、本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、後遺障害慰藉料は四〇〇万円を相当と認める。

7  損益相殺など

右損害合計額である四一七〇万八六八三円から、前記争いのない事実などで摘示した損益相殺などの金額(一二九六万八〇七二円)を控除し、さらに、休業損害で考慮しなかつた平成六年に原告が受領した金額(三六万八六七二円)を控除すると、二八三七万一九三九円となる。

8  弁護士費用(六〇〇万円) 二八〇万円

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、弁護士費用は、二八〇万円を相当と認める。

三  結語

以上によれば、原告の本件請求は、被告らに対し、連帯して三一一七万一九三九円及びこれに対する平成四年一〇月一日(事故日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 松本信弘 石原寿記 村主隆行)

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